@article{oai:aulib.repo.nii.ac.jp:02000100, author = {近藤, 亜弥 and 伊東, 隆雄}, journal = {旭川市立大学保健福祉学部研究紀要, The Journal of Faculty of Health and Welfare Science, Asahikawa City University}, month = {Mar}, note = {「看護」あるいは「看護学」を定義づけるにあたって,一見看護のようでありながら実は「看護ではないもの」を看護から如何にして峻別するか,という問いを避けて通ることはできない。これまで多くの識者が「看護とは何か」を問い,論じてきた。その答えを求めることは深い山道に分け入って分水嶺を探るような,一筋縄ではいかない困難を極める探索である。小論ではナイチンゲールなどの看護理論や周辺領域の知見を俯瞰し,そこにあるいくつかの問題を整理する。看護とは看護者によって行われる専門的行為であるとすれば,看護教育の問題を掘り下げなければならない。看護教育によって,よい資質が伸ばされるのか,あるいは刈り込まれ鋳型にはめられるのか,Foucaultや Sullivanの議論を援用して私見を提示する。}, pages = {43--49}, title = {「看護」と「看護ではないもの」とを峻別する 分水嶺についての予備的考察}, volume = {1}, year = {2024}, yomi = {コンドウ, アヤ and イトウ, タカオ} }